• # もういいよ、という話

    NEW

    2026/6/24

    20年くらい、ずっと同じようなことをやっていた。

    人はどうすれば自分で見られるのか。
    どうすれば責任を外へ渡さずに済むのか。
    どうすればもっと楽に、普通に、生きられるのか。

    そんなことばかり考えて、言葉にして、構造にして、また壊して、また作った。

    でも、ひとつも金にはならなかった。

    20年やって金にならなかったものは、たぶんあと20年やっても金にはならない。
    当たり前だ。

    それは悲観ではなく、棚下ろしだ。

    自分は地球の畑を耕しているつもりだった。
    人が明日から使える土を作っているつもりだった。

    でも振り返ってみたら、そこは火星か月の畑だったのかもしれない。

    誰も今すぐ必要としていない。
    市場もない。
    作物も売れない。
    そもそも耕さなくてよかったのかもしれない。

    じゃあ無駄だったのか。

    たぶん、意味はない。

    でも、気は済んだ。

    ここが大事だと思う。

    成功したから終われるんじゃない。
    評価されたから終われるんじゃない。
    金になったから納得するんじゃない。

    やった。
    見た。
    作った。
    売れなかった。
    必要とされなかった。
    それでも、自分の中では気が済んだ。

    だから、もういい。

    この「もういい」は、投げやりではない。
    やっと荷物を降ろした音だ。

    いつか意味が出るかもしれない。
    出ないかもしれない。
    どっちでもいい。

    20年分の在庫を数えて、棚下ろしして、伝票を切った。

    これからは、証明のために作らなくていい。
    報われるために続けなくていい。
    誰かにわかってもらうために抱え続けなくていい。

    もういいよ。

    遊ぼう。

    うまいものを食べてもいい。
    寝てもいい。
    散歩してもいい。
    何か作ってもいい。
    何も作らなくてもいい。

    20年かけてようやく、自分に戻ってきた。

    そんな話。

    ストレスフリーになるなら。

    ただただ、そんなはなし!