• 忙しいから、楽しくする。

    忙しいから、楽しくする。

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    2026/5/10

    楽しさの予算、入りました

    Paradise Freeの朝は、なぜか仕事表が踊っていた。

    正確に言うと、仕事表をくわえたワンが、廊下をぱたぱた走っていた。

    「ワン!」

    「待って、ワン。それ今日の段取り表です」

    里美が追いかける。

    一夏が笑って手を叩いた。

    「仕事表が出勤拒否してる!」

    遼生が腕を組んだ。

    「違う。仕事表が現場確認に出た」

    「その言い方、仕事表が急に優秀になるわね」

    ソフィアが笑った。

    僕は入口で靴をそろえたまま、ぽかんとしていた。

    ここに来て三日目。

    まだ、Paradise Freeの仕事がよくわからない。

    机の上には、今日開く小さな市の準備が並んでいた。

    手作りの札。

    焼き菓子の箱。

    花の入った瓶。

    誰かが描いた地図。

    全部、仕事の道具なのに、遠足の前みたいだった。

    「えっと、今日って忙しい日なんですよね?」

    僕が聞くと、一夏が振り返った。

    「忙しいわよ!」

    「なのに、楽しそうですね」

    「忙しいから楽しくするのよ!」

    システム:仕事、遊びへ変換中。

    里美が、ワンから仕事表を受け取った。

    少しよれた紙を見て、にこっとする。

    「せっかくなので、今日の仕事表、くじ引きにしましょうか」

    「くじ引き?」

    「はい。やることは同じです。でも、自分で引くと少し楽しくなります」

    りのあが棚の奥から、小さな箱を持ってきた。

    「じゃあ、当たり入れよう」

    遼生が言った。

    「当たりとは何だ」

    「仕事中に一回だけ、誰かに拍手してもらえる券」

    「平和だ。導入する」

    一夏が紙を切り始めた。

    「私、焼き菓子の箱詰め引きたい!」

    ソフィアが横からのぞく。

    「一夏、それはもう引く前に願望が走ってるわね」

    「願望も出勤してる!」

    僕は思わず笑った。

    その瞬間、ワンが僕の袖をくわえた。

    「ワン」

    「え、僕?」

    ワンは、くじ箱の前まで僕を引っぱった。

    里美が優しく箱を差し出す。

    「新入りさん、一枚どうぞ」

    僕は少し迷って、紙を引いた。

    そこには、こう書いてあった。

    「入口係」

    「入口係……?」

    ソフィアが手を合わせた。

    「いいわね。いちばん未来に近い仕事よ」

    「そんな大げさな」

    「大げさにすると重いわ。軽く言うと、お客さんに『いらっしゃい』って言う係ね」

    「急にできそうです」

    一夏が親指を立てた。

    「失敗しても大丈夫! 噛んだら名前つけよう!」

    「名前?」

    「入口もぐもぐ事件!」

    「噛む前提なんですね」

    遼生が静かにうなずいた。

    「噛んでも客は帰れる。問題ない」

    りのあが入口の横に、小さな紙の扉を貼った。

    「ここ、緊張した人用の隠し扉」

    「紙ですけど」

    「紙でも扉は扉」

    ワンがその前でしっぽを振った。

    システム:隠し扉、利用実績予備軍。

    市が始まると、仕事は本当に忙しかった。

    里美は、花の瓶に小さな札をつけながら、お客さんに言った。

    「この花、机に置くと、今日の午後が少し優雅になります」

    一夏は焼き菓子を箱に入れながら、リボンを結び間違えた。

    「失敗した!」

    次の瞬間、自分で札を書いた。

    「ななめ結び限定品!」

    お客さんが笑った。

    「それ、ください」

    一夏が目を丸くした。

    「変な形で成功した!」

    遼生が横から箱の列を整える。

    「ななめ結びは左側へ置く。選びやすい」

    「売り場になった!」

    ソフィアが笑った。

    「良かったわね。一夏の失敗、棚を持ったわ」

    システム:失敗、商品棚へ変換中。

    僕は入口に立っていた。

    最初のお客さんが来た。

    「い、いらっしゃ……いませ」

    少し声が裏返った。

    お客さんは笑わずに、にこっとした。

    「楽しそうですね」

    僕は、後ろを見た。

    里美が花を並べている。

    一夏がリボンと格闘している。

    遼生が混雑しない道を作っている。

    りのあが壁に「裏ステージはこちら」と書いた紙を貼っている。

    ワンが、その紙の下で満足そうに座っている。

    ソフィアが僕を見て、片目を細めた。

    「通ったわね」

    僕は、入口の紙の扉を少しだけ開けた。

    「はい。なんか、仕事って、こういう感じでもいいんですね」

    ソフィアが笑った。

    「こういう感じがいいのよ。楽しさの予算、ちゃんと入れましょう」

    夕方。

    市が終わるころ、僕は最後の箱を運んでいた。

    少し重くて、足元がふらついた。

    「あ」

    箱の中の紙袋が、ばさっと広がった。

    僕は固まった。

    一夏が走ってきた。

    「失敗した?」

    「はい……」

    「じゃあ名前つけよう!」

    「えっと……紙袋の花火?」

    一夏がぱっと笑った。

    「採用!」

    里美が紙袋を拾いながら言った。

    「では、最後のお客さんに選んでもらえるよう、広げて飾りましょう」

    遼生がすぐに机を動かした。

    「動線はこっちだ。安全距離もある」

    りのあが紙袋の一枚に、小さな星を描いた。

    「当たり、ここに混ぜよう」

    ワンが星つきの紙袋をくわえて、入口へ走った。

    システム:犬、仕事中。

    最後に来た子が、その紙袋を見つけた。

    「これ、もらっていいですか?」

    僕は笑って言った。

    「もちろん。今日の当たりです」

    その子は、少しだけ迷ってから聞いた。

    「ここって、働いてるんですか? 遊んでるんですか?」

    僕は振り返った。

    みんなが、片づけながら笑っていた。

    仕事はまだ残っている。

    でも、誰も重そうじゃなかった。

    僕は入口の紙の扉を開けた。

    「混ざってみる?」

    ワンがしっぽを振った。

    ソフィアが、少しだけ笑った。

    システム:仲間、増える気配。