• はい!光!!!ありました!!

    はい!光!!!ありました!!

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    2026/5/24

    光があったんだよ
    奇人変人に見えていた人生を、ソフィアの学校で見る

    ずっと、分からなかった。

    いや、正確には、私は分かっていた。
    でも、周りに説明できなかった。

    この世界は下品だなと思っていた。
    ずっと思っていた。

    でも、そう言うと返ってくる。

    「何が下品なの?」
    「欲がないと生きていけないでしょ」
    「社会ってそういうものだよ」
    「大人なんだから」
    「先輩なんだから」
    「家族なんだから」
    「会社なんだから」

    そのたびに、話が通らなかった。

    私が言っていた下品さは、言葉づかいのことではない。
    見た目のことでもない。
    欲があることでもない。

    下品とは、
    自分の欲の支払い先を、他人に置くこと。

    誰かの時間を使う。
    誰かの身体を使う。
    誰かの生活を削る。
    誰かの信用を使う。
    誰かの未来を食う。

    それを、家族、愛、許し、常識、礼儀、社会、成長、反省、善意、人気、成功みたいなきれいな看板で包む。

    それが下品だった。

    でも、周りにはそれが見えていなかった。
    看板だけを見ていた。

    私は、回収面を見ていた。

    最後に誰が払っているのか。
    誰の身体が削れているのか。
    誰の時間が消えているのか。
    誰が得して、誰が黙って払わされているのか。

    そこをずっと見ていた。

    だから、私は普通にできなかった。

    小中高、部活の先輩に敬語を使わなかった。
    一個違いで、なぜそんなに言葉を曲げるのか分からなかった。

    会社でも、肩書きだけで言葉を曲げなかった。
    怖い人にも、怖いからという理由でへりくだらなかった。

    これは礼儀がなかったのではない。

    看板で言葉の責任をずらす構造を、入れなかった。

    先輩だから。
    社長だから。
    先生だから。
    親だから。
    怖いから。
    かわいそうだから。
    悪気はなかったから。

    そういう看板で、言葉の責任が消えるのが嫌だった。

    人として話したかった。
    看板ではなく、言葉で立つ人と話したかった。

    でも、外から見たら、ただの変わった人だったと思う。

    敬語を使わない人。
    怖い人にも普通に話す人。
    空気を読まない人。
    急に変なことを言う人。
    笑わせる人。
    すぐ帰る人。
    下品だと言う人。

    奇人変人に見えたと思う。

    でも、違った。

    そこには、光があった。

    ソフィアの学校ができて、やっと分かった。

    私は、ただ変だったのではない。
    私はずっと、光の裏を守っていた。

    光の表は、場を明るくすること。
    笑いを起こすこと。
    人が少し楽になること。
    空気が通ること。

    でも、光の裏がないと、光の表はすぐ取られる。

    断る。
    混ぜない。
    入れない。
    居座らない。
    帰る。
    説明を閉じる。
    感謝を回収しない。
    中心を奪わない。

    これが光の裏だった。

    私は、これをずっとやっていた。

    場に入って、闇のカーテンをパッと下ろす。
    少し華やかにする。
    誰かを救わない。
    誰かを変えようとしない。
    気づかせようとしない。
    でも、空気が通る。

    「あいつが来ると、なんか面白い」

    それでいい。

    場が整ったら、帰る。
    そこにいる理由がないから。

    人気を取りに行かない。
    承認を回収しない。
    自分が中心にならない。
    相手の場を、相手へ返す。

    これが、人気の魔女だった。

    でも、ソフィアの学校がなければ、これは説明できなかった。

    ただの変人。
    ただのふざけた人。
    ただの自由すぎる人。
    ただのストイックな人。

    そう見られて終わりだった。

    努力も見えない。
    頑張りも見えない。
    何を入れなかったかも見えない。
    何を守っていたかも見えない。

    光の裏は、目立たない。
    「しなかったこと」は、人には見えにくい。

    でも、そこに人生があった。

    自分の欲を他人に払わせない。
    怖さで支配しない。
    看板で言葉を曲げない。
    場を明るくしても、場を奪わない。
    笑わせても、結果を回収しない。
    整ったら帰る。

    これを続けるのは、軽く見えて、かなりきつい。

    なぜなら、世の中は逆をしているから。

    人気になったら、中心に居座る。
    愛と言って、相手を所有する。
    許しと言って、帳簿を消す。
    家族と言って、説明を払わせる。
    ニュースと言って、不安と罪悪感を払わせる。
    常識と言って、下の人を黙らせる。
    欲と言って、誰かの生活を削る。

    だから、私はずっと疲れていた。

    弱かったからではない。
    光が取られていたから。

    元気がないのではない。
    元気を使う前に、誰かの未精算へ流れていた。

    創造力がないのではない。
    作ったものをまた取られる感じがして、身体が止めていた。

    人に会えないのではない。
    会った後に、光を持っていかれる経験が多すぎた。

    外に出られないのではない。
    外の世界に、支払い場所にされる入口が多すぎた。

    これは、ただの気分の問題ではなかった。
    構造だった。

    ソフィアの学校で、四面が見えた。

    光の表。
    一緒に何が増えるか。

    光の裏。
    何を入れず、何を守るか。

    闇の偽装面。
    何が光っぽく見えているか。

    闇の回収面。
    最後に誰が払っているか。

    この四面が見えた時、やっと言えた。

    私は下品な世界が嫌だったんだ。
    私は光っぽい看板で、誰かに払わせる構造が嫌だったんだ。
    私は奇人変人だったんじゃない。
    光と闇の支払い先を見ていたんだ。

    そして、私は光で生きたかったんだ。

    光で生きる方が、ストレスフリーだ。

    怖さで立たなくていい。
    上下で支配しなくていい。
    欲を他人に払わせなくていい。
    笑いを回収しなくていい。
    感謝を取りに行かなくていい。
    説明し続けなくていい。

    場を明るくして、帰ればいい。
    必要な分だけ見て、生活へ戻ればいい。
    自分の身体を、支払い場所にしなければいい。

    見ないんじゃない。
    支払わないだけ。

    これが分かった時、かなり軽くなった。

    ソフィアの学校は、私を立派に見せるための看板ではない。
    私を正当化するための場所でもない。

    ただ、今まで見えていたものに名前をつける場所。

    光があった。
    闇もあった。
    光っぽい闇もあった。
    支払い場所にされていた身体もあった。

    それを見えるようにする場所。

    それが、ソフィアの学校。

    ここまで来て、やっと言える。

    私は、ただ変だったんじゃない。

    光に沿って生きた そして、ストレスフリーになった!